・羽毛布団の歴史
現在では、多くのご家庭で使われ、生活の必需品にもなっている羽毛布団。 ですが、その歴史についてはあまり知られていないことも多いようですので、歴史の観点からご説明します。 |
・世界の羽毛布団の歴史
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羽毛布団に使われるの原料は主に、水鳥であるガチョウ(グース)とアヒル(ダック)から採取されたダウンとフェザーです。
これらと人間の関わりは、長い歴史があります。 また寝具の充填物としては、ドイツを始めとしたヨーロッパ各地で使われていました。
その歴史を辿ってみると、ノルウェー王侯や貴族、また海賊であったバイキングの墓にも羽毛布団が埋葬されていたといいます。バイキングが活動していたのが7世紀ごろになりますので、その頃から存在していたと言うことになります。
中世になり、更に普及はしていくことになりますが、依然として高価であったため一部の人の手にしか渡ることはありませんでした。
しかし18世紀末になると産業革命が起こり、手作業で行われていた羽毛布団の生産も機械化されるようになり、大量生産の時代へと移りました。 その後は、ヨーロッパ各地へと急速に広がり、北欧諸国においての羽毛布団普及率は80%を超えています。
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・日本国内におけるの羽毛布団の歴史
日本国内においての羽毛布団の歴史はまだ浅く、明治・大正時代は一部の上流階級の人や洋行より帰国してきた人など、限られた人だけが使用していました。 当時の舶来品のため、とても高価なものであったことは言うまでもありません。 一般家庭に普及してきたのは、昭和40年代前半頃です。
国家経済の高度成長に伴い、庶民の生活は豊かになり始めた頃、羽毛布団も一般家庭で使用されるようになりました。 しかし、それらはヨーロッパ諸国からの輸入に頼っており、40%もの高い物品税が課せられていました。
やがて昭和44年、消費生活や所得の向上が見られたため物品税が廃止され、加えて昭和47年、田中角栄が中国を訪れ日中間の国交は回復したことや、早稲の急速な円高変動により、贅沢品というより実用品として羽毛布団の需要は更に大きく加速していきました。 こうした普及の流れから、羽毛布団の生産は国内でも行われるようになり、羽毛の精製から充填・縫製に到るまでを機械によって行う羽毛布団メーカーが多数現れ、またそれに関連した機械の開発も急ピッチで進められました。
しかし、急速に市場が拡大しすぎたために品質や価格において整備がなされず質の悪い粗悪品が高価に販売されて、消費者に不安を与え、信用を傷つけられるメーカーも出てきました。 そして平成元年、日本羽毛協会を中心として、通産省(当時)、学識経験者、消費者代表などによる原案作成委員会が発足し、羽毛用語や羽毛の試験法がJIS規格によって規定され、国内統一基準が制定されました。 日本国内における羽毛布団の普及の成長は、日本の気候風土、消費者の本物志向や健康志向の向上に伴い、昭和40年代からの急成長から、平成に入る頃までは安定的な成長を遂げてきました。
しかし、バブル崩壊を受けた平成3年を境に年々5%ほど減少している。 ただ現在の羽毛布団市場は、メーカーも厳しい検査基準の中で生産され、また国内に多く広がった結果、消費者の目も肥え、"確かなもの"が"確かな値段"で販売されるようになっています。
・羽毛布団と羽根布団
一般に呼ばれている羽毛布団と羽根布団では、大きく違います。
これらの言葉は昭和54年、日本羽毛寝具製造業協同組合によって制定され、羽毛(ダウン)と羽根(フェザー)の充填物の割合で、羽毛が50%以上のものを羽毛布団、それ以下のものが羽根布団としたことが始まりとなります。
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