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茶道を誤解していました。

  • Posted by: 北村圭介
  • 2009年2月18日 14:35
  • MIJP | その他

メイドインジャパンプロジェクトの総会が開催されました。
実は、現在、当NPO法人は内閣府への申請をしていて、来期からは、
いよいよ全国でも我々の考えるスキーム(枠組み)を展開させやすくなります。

これにより各都道府県で、それぞれのメイド・イン・00が立ち上がり、
「東京の右にならえ」ではなく、地域性のある、独立した個性を発揮でき、
日本のものづくりの文化や歴史、心を絶やすことなく、
互いに磨き上げていけることが、理想となります。

大きいことを言っているのかもしれません。
しかし、「棒ほど思って、針ほど叶う」という言葉もありますし、
その逆に、針が集まって、棒となることもあります。
理想は理想としてきちんと掲げ、
現実はそれに向かい、何をしていくかが大切だと感じます。

堅い話ですいません。

さて、総会後には、セミナーを開催しました。
今回、お招きした講師は、表千家である茶人、藤村智先生です。
先生には、日本のものづくりと文化を茶道という視点から、
お話をしていただきました。

この話が、本当に聞いて良かったと、目から鱗が落ちすぎました。

<満席の会場>
DSCF2180.JPG


<柔らかく、しかし力強く話される藤村先生>
DSCF2184.JPG


お茶の話をすれば、はずせないのが、千利休
信長や秀吉の時代において、茶道という道を確立させた人です。
ちょうどpenでも特集をされていました。
sennorikyu_.jpg

こちらの表紙にも書いてありますが、
あえて現代的な表現を使えば、クリエイティブディレクターと称されるほど、
彼は卓越した発想の転換をする力の持ち主だったようです。

セミナーの内容について書いていると、膨大な量になるので、
その中のほんの一部分を切り取ってお話しします。

街を歩くと、そこら中で見かける、「茶道教室」の看板。
ここで習った方もいるかもしれません。
しかし、実は、この大半が、茶道の本質は学べないそうです。
茶道のお手前(動作)には、一つ一つ意味が込められていて、
それは時と場合、季節、人によって、変えられるとのこと。

稽古にきた人が何を学びにきているのかの背景を察して、
それに準じた稽古を付けてやらなければならない。
つまり、その中にあっては、形(作法)などあってないようなもので、
それらに、捕らわれてはいけないのです。

これは茶道に限ったことではないと思います。
茶道だけでなく、どんなことでも、当然、商売でも、
相手が求めているものを提供し続けなければ、お客さんはつきません。

文化という部分では、例えばお花見一つとっても、
ソメイヨシノという桜は、歴史の浅い桜で、幕末に開発された園芸品種で、
その成長の早さから、急速に市場へ流れたといいます。

現代の花見は、どこへ言っても、ビニールシートが敷かれて、
ビールを飲んで、酔っぱらって羽目を外している。
一過性のものに身をゆだねることに、風情などと言う言葉はありません。

これ以上は、僕の口からは言えませんが、ひとつ言えることは、
僕を含めて、本質を見極める必要がもっとあるのではということ。

「春に桜の画の書かれた茶碗を使ってはならない。」

これが「なぜか?」と言うことを、皆様にもお考えいただきたいと思うわけです。

長々とすいませんでした。
これらは、あくまで僕なりに解釈ですので、怒らないでください。

しかし一体、僕はどこへ向かおうというのでしょうか・・・

まくらのキタムラ 北村圭介


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